【相続】特別受益とは?対象となる例やよくある質問を弁護士が解説
特別受益とは?
ある相続人が,被相続人から生前,多額の贈与(特別受益)を受けていた場合,この相続人が他の相続人と同じ相続分を取得するのは,余りに不公平であるため,このような贈与は,相続分の前渡しとみて相続財産に持ち戻して(加算して),相続分を計算します。
相続人に対する贈与が全て特別受益にあたるのではなく,
- 被相続人から遺贈を受けた場合
- 被相続人から婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた場合
のみ,特別受益を受けたとされています(民法903条1項)。
特別受益の種類
遺贈
遺贈とは,遺言によって遺言者の財産の全部又は一部を無償で相続人等に譲渡することです。民法上,相続人への遺贈はすべて特別受益にあたるとされています。
遺贈について詳しくはこちらの記事で解説しています。
生前贈与
①婚姻又は養子縁組のための贈与
結婚する際の持参金,嫁入り道具などは,少額の場合を除き,特別受益にあたると考えられています。一方で,結納金,挙式費用は,特別受益に該当しないと考えられています。その判断の基準は,その贈与が遺産の前渡しにあたるといえるかという点にあります。例えば,挙式費用を遺産の前渡しと考える親などいないと思われますので,特別受益には該当しないとされます。
②学費
学費が特別受益にあたるかの判断は,親の資力,社会的地位,学歴等を基準にして,子への教育がその家の教育水準として相応のものだと認められる場合,親の負担すべき扶養義務の範囲内と見なされ、特別受益にはならないと考えられます。一方,親の資力等から見て不相応な学費である場合,特別受益にあたる可能性があります。
高校の学費については,現在,97%を超える生徒が高校に進学している状況からすると,単に扶養義務を履行しているに過ぎないと考えられるため,特別受益に該当しないと考えられています。
高校卒業後の学費(大学,大学院,海外留学の費用)についても,私立医学部等の入学金,授業料などのように特別高額なものでない限り,特別受益にあたらないと考えられています。
大阪高等裁判所平成19年12月6日決定も,
「・・・被相続人の子供らが,大学や師範学校等,当時としては高等教育と評価できる教育を受けていく中で,子供の個人差その他の事情により,公立・私立等が分かれ,その費用に差が生じることがあるとしても,通常,親の子に対する扶養の一内容として支出されるもので,遺産の先渡しとしての趣旨を含まないものと認識するのが一般であり,仮に,特別受益と評価しうるとしても,特段の事情のない限り,被相続人の持戻し免除の意思が推定されるものというべきである」
大阪高等裁判所平成19年12月6日決定
と判断しています。
また,私立医学部の学費についても,親が開業医で,子に家業を継いで欲しいと考えていたような場合には,特別受益に該当しないと判断されています(京都地方裁判所平成10年9月11日審判)。
③生計の資本としての贈与
相続の前渡しと認められる程度に高額な金銭の贈与(独立のための資金援助と考えられるようなもの)は特別受益にあたるとされています。居住用のマンションの贈与やマンション取得のための金銭の贈与などです。その一方で,単なる遊興費のための資金援助は特別受益に該当しません。
特別受益に関するQ&A
- 被相続人からある相続人に対し,少額の贈与が長期わたり多数回なされ,その総額が多額になっているような場合,特別受益があったといえますか?
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親族間の扶養義務の範囲内と考えられる額以下の贈与は特別受益とせず,その額を超える贈与のみ,その合計額が特別受益とされる場合があります。実際,東京家庭裁判所平成21年1月30日審判では,特別受益とすべきか否かの基準を10万円とし,これ以下のものは特別受益とせず,これを超えるもののみ特別受益としました。
- ある相続人が被相続人に借金の肩代わりをしてもらったことは,特別受益にあたりますか?
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例えば,被相続人がある相続人の借金(1000万円)を肩代わりして支払った場合,その1000万円は特別受益になるかという問題です。
ここで,被相続人は,その借金を肩代わりして支払った時点で,その相続人に対して1000万円を返還するよう請求する権利(求償権)を取得します。従って,その求償権を放棄されない限り,相続人は債務を負ったままの状態にあることには変わりありませんので(単に債権者が代わっただけです),特別受益があったとはいえません。一方,被相続人がかなりの長期にわたり,相続人に返済を請求せずに放置していた場合や,肩代わり後も追加で援助を行っていたような場合には求償権を放棄したと考えられる場合もあるので,そういった場合には,特別受益があったと判断されます。
ここでのポイントは,被相続人が相続人に対する求償権を放棄したかという点にあります。 - 新築祝い,入学祝い,誕生祝いなどは特別受益にあたりますか?
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通常,これらは,お祝いの気持ちからなされるもので,遺産の前渡しとは考えられないため,特別受益にあたらないとされています。
ただし,社会通念から考えても高額な場合には,特別受益に該当することもあります。実際,東京高等裁判所平成30年11月30日決定は,被相続人が,ある相続人に子(被相続人の孫)の誕生祝い金として贈与した200万円を特別受益にあたると判断しています。 - 相続人の一人が受け取った生命保険は特別受益にあたりますか?
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これについては有名は最高裁判例があります。
最高裁平成16年10月29日決定は,
①被相続人を保険契約者及び被保険者とし,共同相続人の1人又は一部の者を保険金受取人とする養老保険契約に基づき保険金受取人とされた相続人が取得する死亡保険金請求権は,原則として民法903条1項に規定する遺贈又は贈与に係る財産(特別受益)には当たらない,②ただし,保険金の額,この額の遺産の総額に対する比率,保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係,各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して,保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には,同条の類推適用により,特別受益に準じて持戻しの対象となる
最高裁平成16年10月29日決定と判断しました。
この最高裁判例を踏まえ,実際の裁判では,以下のような場合に生命保険が特別受益に該当すると判断されています。
- 遺産総額が約1億であった場合に,ある相続人だけが約1億円の生命保険金を受け取っていた場合(東京高裁平成17年10月27日決定)
- 遺産総額が約8700万円であった場合に,約3年5ヶ月程度しか婚姻生活を送っていなかった後妻のみが約5100万円の生命保険金を受け取っていた場合(平成18年3月27日名古屋高裁決定)
- 被相続人の生前,ある相続人が,被相続人から借地権の譲渡を受けた場合,特別受益があったといえますか?
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借地権とは,建物所有の目的で他人の土地を賃貸する者が,土地に対して有する権利です。
借地権の価額は,借地権の目的となっている土地の更地としての価格に借地権割合を乗じて求めることになっており,借地権割合は,借地事情が似ている地域ごとに定められています。例えば,更地としての価格1000万円,借地権割合60%の借地権の価格は1000万円×60%=600万円となります。相続人が借地権譲渡を受けるに際し,被相続人に600万円の対価を支払っていれば特別受益にはあたりませんが,無償で譲渡を受けたような場合には特別受益にあたるとされています。
実際,東京家庭裁判所平成12年3月8日審判は,被相続人所有の借地権付建物に二男が居住していた事案で,二男が,土地の所有者との間で借地契約を締結し,被相続人の方ではそれに異議を述べず,二男は被相続人に上記契約に関する対価を一切支払っていないことなどを考慮し,被相続人から二男に借地権の無償譲渡があったとして,特別受益を認めています。
- 遺産である土地の上に相続人の一人が被相続人の許諾を得て建物を建て,その土地を無償使用している場合,地代相当額は特別受益にあたりますか?
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使用貸借権の設定された土地を相続人が無償で使用していたことにより,相続人は本来負担すべき地代相当額の支払いを免れていたのですから,これが特別受益にあたるとされそうです。
しかし,東京地方裁判所平成15年11月17日判決は,
「・・・被告は,使用期間中の賃貸借相当額及び使用貸借権価格をもって本件土地の使用貸借権の価格と評価すべきであると主張する。しかし,使用期間中の使用による利益は,使用貸借権から派生するものといえ,使用貸借権の価格の中に織り込まれていると見るのが相当であり,使用貸借権のほかに更に使用料まで加算することは疑問があり,採用できない」
東京地方裁判所平成15年11月17日判決として,地代相当額を特別受益とすることを否定しました。
実務ではあくまで,使用貸借権相当額(更地価格の1~3割程度)のみ特別受益と考えています。
ただし,土地の使用貸借を受けていた相続人が当該土地を相続する場合,使用貸借付の土地を取得した,すなわち更地価格を1~3割程度減額した土地を取得したと考えます。そこで,当該相続人は,結局のところ,使用貸借権相当額(更地価格の1~3割程度)+使用貸借権付土地の価格(更地価格の1~3割程度)=土地の更地評価額を取得したに過ぎません。そこで,遺産分割調停等で,当該土地の価格を更地価格とすることに合意している場合(使用貸借減価していない場合)には,当該相続人に対する特別受益の主張は認めら得ません。
- 被相続人を扶養することを前提に,遺産である土地の上に相続人の一人が被相続人の許諾を得て建物を建て,その土地を無償で使用している場合も,使用貸借権相当額が特別受益にあたるのですか?
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この場合,⑥とは異なり,扶養の負担と土地使用の利益が実質的には対価関係にあるため,特別受益にあたらないと考えられています。
- 相続人の一人が,被相続人所有の建物を無償で使用していた場合,賃料相当額は特別受益になりますか?
特別受益にあたらないと考えられています。 -
建物の使用貸借は,①第三者に対抗できず(例えば,被相続人が建物を第三者に売却してしまった場合,借主は建物から出て行かなくてはなりません),明渡しが比較的容易で,経済的価値が低いことや,②親子間の恩恵的要素が強く,遺産の前渡しとは評価できないことなどがその理由です。
- 相続人の配偶者や子への贈与は特別受益にあたりますか?
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これらは,相続人に対する贈与とはいえないため,特別受益にはあたらないと考えらています。ただし,形式上は,相続人の配偶者や子に対する贈与であっても,実質的には相続人に対する贈与と同視できる場合には特別受益にあたります。以下の判例では,相続人の配偶者(夫)への贈与を相続人への贈与と同視し得るものとして,特別受益にあたると判断しています。
「・・・本件贈与は邦子夫婦が分家をする際に,その生計の資本として邦子の父親である被相続人からなされたものであり,とくに贈与された土地のうち大部分を占める農地についてみると,これを利用するのは農業に従事している邦子であること,また,右贈与は被相続人の農業を手伝つてくれたことに対する謝礼の趣旨も含まれていると認められるが,農業を手伝つたのは邦子であることなどの事情からすると,被相続人が贈与した趣旨は邦子に利益を与えることに主眼があつたと判断される。登記簿上洋一郎の名義にしたのは,邦子が述ベているように,夫をたてたほうがよいとの配慮からそのようにしたのではないかと推測される。・・・以上のとおり本件贈与は直接邦子になされたのと実質的には異ならないし,また,その評価も,遺産の総額が,2147万4400円であるのに対し,贈与財産の額は1355万1400円であり,両者の総計額の38パーセントにもなることを考慮すると,右贈与により邦子の受ける利益を無視して遺産分割をすることは,相続人間の公平に反するというべきであり,本件贈与は邦子に対する特別受益にあたると解するのが相当である。」
福島家庭裁判白河支部昭和55年5月24日審判 - 特別受益の金額はいつの時点を基準に判断するのですか?
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たとえば,被相続人が亡くなる5年前に,ある相続人にマンションを贈与(その当時の時価は3000万円)した場合,その後,マンションの時価が上昇して相続開始時には3500万円,遺産分割時(相続発生後2年後)には4000万円となった場合,この相続人は,いくらの特別受益を受けたのかが問題となります。
これについては,相続開始時の価格である3500万円の特別受益を受けたものと考えるのが現在の実務です。 - 相続人が生前贈与財産を焼失させてしまったり,売却した場合,特別受益の金額はどう判断するのですか?
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たとえば,被相続人が亡くなる5年前にある相続人にマンションを贈与(その当時の時価は1億円)したところ,その相続人がその2年後に1億2000万円で売却し,相続開始時には,その時価が1億4000万円になっていた場合,この相続人は,いくらの特別受益を受けたのかが問題となります。
この場合,相続開始の当時,贈与された財産がなお原状のままであるものとみなして,特別受益の額を算定することになっています。
従って,この場合,相続開始時の価格(1億4000万円)の特別受益を受けたものとされます。 - 相続人の責任ではない原因によって,生前贈与財産が滅失した場合,特別受益の金額はどう判断されるのですか?
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たとえば,被相続人が亡くなる5年前に建物をある相続人に贈与したところ,その2年後に地震等によって,その建物が倒壊してしまった場合,この相続人はいくらの特別受益を受けたのかが問題となります。
このように,相続人に何ら責任のない場合には,何ら贈与を受けなかったものとみなし,特別受益はないものとされます。