
ストーカー被害はなぜ止まらない?禁止命令や法律の限界と加害者の心理を弁護士が解説!

2025年5月、神奈川県川崎市で、若い女性が元交際相手とみられる男から命を奪われるという事件が報じられました。
こちらの事件は、被害女性が以前から元交際相手からのストーカー被害を警察に何度も相談していたにもかかわらず、「事件性がない」と判断され、実質的な対応はされなかったと報道されています。
また2024年5月には新宿区で女性が、自宅マンション前で刺殺されるという事件もありました。加害者とされる男性は、かつて被害女性に対するストーカー行為で逮捕され、1年間の接近禁止命令が出されていた人物です。しかし、禁止命令の効力が切れた後、女性を待ち伏せし、凶行に及びました。
どちらの事件も、女性がストーカー被害を警察に相談していたにもかかわらず、事件を未然に防げなかったという共通点があります。
なぜこのような事件が繰り返されてしまうのでしょうか?
ストーカー規制法とは?

ストーカー被害が社会問題化する中、国が法整備を進めた結果、2000年11月に施行されたのがストーカー行為等の規制等に関する法律(通称:ストーカー規制法)です。
この法律は、つきまといや待ち伏せ・無言電話・SNSでの執拗なメッセージの送信など、特定の人物に対する執着的な行為をストーカー行為として明確に定義し、警察が警告や命令を出せるようにしたものです。
禁止命令とは
その中でも、加害者に対して出される最も強い措置が禁止命令です。
これは、ストーカー行為の継続・再発を防ぐためのもので,法的拘束力があります。
違反すれば刑事罰の対象となるため、一定の抑止力を持っています。
禁止命令には主に以下の内容が含まれます
- 被害者への接近禁止(自宅・職場・学校などへの立ち入り禁止)
- メール・SNS・電話などによる連絡の禁止
- 付きまといや待ち伏せなどの行為の禁止
禁止命令の有効期間は1年間であり,期間が終了する時点でも危険な状況にある場合にはさらに1年更新することができます。
法律を無視するほどの加害者の“被害者に対する執着”

ストーカー行為に対しては、ストーカー規制法や禁止命令といった法的手段が整備されていることを説明しました。
しかし、近年の事件が示すように、法律だけではストーカー被害を完全に防ぐことはできません。その理由の一つが、加害者の内面に潜む「執着心」の存在です。
ストーカー行為は愛ではなく執着
ストーカー行為と聞くと、「元恋人が復縁を迫ってくる」といった恋愛絡みの問題を思い浮かべがちですが、実際にはそう単純な構図ではありません。
ストーカーの中には、「自分の支配下に置きたい」「自分を拒否した相手を許せない」という歪んだ執着心や支配・欲求に突き動かされているケースが多くあります。
このような心理状態の加害者は、たとえ警察に通報されても、禁止命令を受けても、「それでも会いに行きたい」「命を奪ってでも思い知らせたい」と行動に出ることがあり、理屈やルールが通用しない相手となってしまいます。
禁止命令が出ても安心できない!
冒頭で触れた2024年5月に起こった事件では、命令の効力が切れたタイミングを狙って加害者が待ち伏せし、凶行に及びました。これは「禁止命令を出していたからもう大丈夫」と思っていた被害者側の“安心”が、裏切られたケースとも言えます。
このようにストーカー加害者の中には、命令の期限が切れるのを待って再び接近してくるような者もいるため,禁止命令が出たとしても以前と同じ生活圏で生活を続けたり,警戒を緩めることがないよう注意しましょう。
執着への対策は“継続的な支援”しかない
法律は、一定の抑止力や制裁をもたらすことができます。
しかし、加害者の執着に対しては、継続的な警戒・支援・避難体制の整備が不可欠です。
たとえば禁止命令の期間が終わった後でも,警察や支援機関が定期的に被害者へ状況確認をすることや、被害者の生活圏の変更やシェルター提供など根本的なリスク回避のための情報提供をし,社会全体で被害者を支援することが必要になります。
警察の対応の現状

ストーカー被害に遭ったとき、多くの人がまず思い浮かべるのは「警察に相談すればなんとかしてくれる」という希望です。
ところが、実際の現場では「通報したのに動いてくれなかった」「事件が起きてからでないと対応しない」といった声が後を絶ちません。なぜこのようなズレが生じるのでしょうか。
相談しても事件性がないとされてしまうケース
ストーカー規制法に基づく警告や禁止命令を出すためには、警察が「ストーカー行為が確認できる」ことを前提としています。
つまり、加害者の行動を明確に記録・証明できなければ、警察は強く動けないという制約があるのです。
たとえば、SNSでのメッセージや、無言電話、GPSによる追跡など、見えにくい・証拠が残りにくい行為では、被害者の不安が伝わっても「違法とは言い切れない」と判断されることがあります。
また,警察は民事不介入の原則に従っており、形式的な相談だけでは強制的な介入はできません。
しかし、多くの被害者は「逆に相手を刺激してしまうのでは・・・」といった不安から、被害届を出すことに躊躇します。
このため、警察側も積極的に動けず、加害者には「まだ大丈夫」という誤った安心感を与えてしまうという悪循環が生まれているのが現実です。
担当者や地域によっての対応差
さらに問題なのは、ストーカー被害への対応が警察署や担当者によって大きくばらつきがある点です。
ストーカー事案に精通した担当者がいる地域では迅速な警告や禁止命令が行われる一方で、経験の浅い担当者が対応すると「とりあえず様子を見ましょう」で終わることもあります。
実際には、“命の危険があるかもしれない”段階で初めて警察が本格的に動くこともあり、それでは遅すぎるケースも珍しくありません。

警察に相談してもなかなか動いてもらえなかった場合には,弁護士に相談し書面で警察へ対応を求める方法もあります。
被害者自身ができる対策はある?


ストーカー行為への法的対処には限界がある以上、被害者自身が身を守るために現実的かつ多角的な対策を講じる必要があります。
被害者が今すぐとるべき対策
ストーカー被害が疑われる段階から実行できる、実効性のある自己防衛策は以下の通りです。
- 記録を残す
LINEやメール、訪問、尾行の日時・内容を細かく記録し、証拠として残しましょう。警察や裁判所への申立て時に極めて有効です。
また,手紙の内容や荷物中に気味の悪いものがあったとしても,警察へ連絡するまでの間は保管しておきましょう。 - 防犯グッズの活用
監視カメラ、GPS付き見守り機器などを活用しましょう。
特に位置情報共有サービスは、家族や支援者との連携に役立ちます。 - 生活圏の見直し
加害者と遭遇しやすい場所・時間帯を避けて行動しましょう。必要に応じて、住居の移転や通勤経路の変更,または勤務先の変更も視野に入れてください。 - 支援機関への相談
自治体の「配偶者暴力相談支援センター」やNPO、女性センターなど、第三者機関のサポートを早めに頼ることも重要です。
警察等に相談に行く前にまとめておきたいこと
警察や第三者期間に相談に行く際に質問される事項をまとめました。
以下の内容をメモ等にまとめておくとスムーズに相談出来ると思います。
- 被害者自身について
氏名・住所・連絡先・職業・家族構成など基本的なことから
避難できる場所の有無,今後警察に求める対応,第三者機関への相談状況など - 相手方について
氏名・住所・連絡先・職業(勤務先)・家族構成・性格などの基本事項。
見知らぬ相手からストーカーされている場合には,心当たりのある出来事など - 被害者と相手方の関係
知り合った経緯や,現在はどのような関係性なのかなど - トラブルの詳細
現在継続しているトラブルのほか,過去に暴力(物を壊したりする行為も暴力です)や脅迫があったかどうかなどを時系列でまとめておくとよいでしょう。
また相手の行動はエスカレートしているのかも説明できると良いです。
ストーカー被害の主な相談先


名称 | ダイヤル | 詳細 |
---|---|---|
警察 | 110番または#9110 | まずは警察へ相談しましょう。とりあえず相談したいという方は#9110、緊急性がありすぐに対応が必要な場合は110番へ連絡しましょう。 |
女性相談支援センター | #8778 | 各都道府県に設置されている公的機関です。困難な問題を抱える女性に寄り添って包括的支援を行っています。 |
女性の人権ホットライン | 0570-070-810 | 女性に関する人権相談を電話で受け付けています。 インターネットからでも相談可能です。 |
法テラス | 0120-079714 (犯罪被害者支援ダイヤル) | 国が設置した法律トラブル解決機関です。犯罪被害に遭った方には,被害者支援に理解のある弁護士の紹介等も行っています。 |
まとめ


ストーカー行為は単なる恋愛のもつれではなく、重大な人権侵害かつ命の危険を伴う犯罪です。
ストーカー規制法や禁止命令といった法的制度は整備されつつあるものの、それだけで完全に被害を防ぐことは難しいのが現実です。
警察は「証拠がない」「事件性が低い」と判断すると、動きが遅れることがあります。禁止命令が出ていても、それを破る加害者は後を絶たず、制度の限界を突いてくるケースもあります。
被害を繰り返さないためには、一時的な対処ではなく、長期的な視点での安全確保が重要です。
“また起きてしまった”を、次こそ繰り返さないために,私たち一人ひとりが、ストーカー問題の本質と向き合う必要があります。